人里離れた山の上からビッグサイトまで、あまりにも極端な移動をした週。いろいろ読みかけて途中で止まっている。

前回
読んだ本
- 文學界 2025年4月号
読んでる本
- 青木真兵・海青子『彼岸の図書館』(夕書房)
- 柴崎友香『春の庭』(文春文庫)
5/6
ひたひたと水田を打つ雨が降るなか、山道を上り上りて高原へ行く。トリ好きの皆さんが山の上の保養施設でマルシェを開かれるということで、ちょっくら遊びに行こうかなというわけである。

前日から「霧が出るかも」という話は聞いていたが、山頂に近づくにつれて辺りが真っ白になっていくのは幻想的でありつつ運転は怖い。こんな五里霧中になったのは、晩秋の伊吹山に登ったとき以来だろうか。いや伊吹山のがすごいか。
あいにくの天気、こんなところまで来てくれる人はいるのだろうかと出店者さんたちの不安は、中心メンバーのコアなファンが次々と訪れたことで杞憂に終わっていた。暇だったら読もうかと持って行った本もページを開かなかった。
お昼も過ぎ、良い時間になったあたりで辞して山を下り始めると、急に鹿。三匹が横断して行った。そうか、そうよな、山じゃんね。気を取り直しつつ進むと再び鹿通行があり、轢かないか心配になった。しばらく降りると霧も晴れてきて、鹿も出てこなかった。
ブックオフのセールが今日までなので、年始以来の隣県の店舗に立ち寄る。ゲームやカードの割合が多い割には、なんか海外文学とかが謎に充実している。県民の文化度なのかなぁ。あるいは近隣の都市部に通勤通学しやすいからかもしれない。街の本屋で買ってきて、地元で売る。古書店が充実するためには、良い本屋に通う人々がいてくれないとダメなんだなぁと思う。
週末東京でわんさか掘り出してくるに違いないのに、結局どっさり買ってしまった。
寝る前に『文學界』より頭木弘樹「痛いところから見えるもの」を読む。苦しみがあってこそ人は成長するみたいな価値観もあるけど、ないならない方がいいよねという話だった。シオランの言葉が印象的。
江南亜美子『「わたし」はひとつのポータル』は東直子と編み物回。やっぱ編み物、流行ってるんだなぁ。モンティ・ライマン『痛み、人間のすべてにつながる』に出てくる編み物の「両側性」という話にも触れられていて興味深い。リズムと両側性ならドラムとかもかなり痛みに効くのだろうか?…激しすぎる?
もちろん『編むことは力』の話も出てくる。編み物は常にプロレタリアートのそばにあった。生活こそが大きな力なのだなぁ。
5/7
図書館が例年の整理休館に入るため、読めもしないのにたくさん借りてしまう。それよか先に古本市で手放す本を読むべきなのだが……。
週末の旅行に向けて散髪、と服や靴も新調しようかと思ったが、微妙に季節の変わり目なので今買うのもなぁ、と結局何も買わなかった。靴はサイズがなかった。足が大きすぎたり小さすぎたりすると困るのはこういうところ。
市内の読書スポットを巡るZINEを作って来月の即売会で売ろうと思っていて、いくつか候補地を巡る。基本的に外読書は木陰と東屋があるほうが良い。本がヤケるし、上から葉っぱだとか虫だとかが本に落ちてくると嫌な気持ちになる。しかし都合よく東屋の設置場所を網羅してくれるガイドなんてないので(だからそれを今から作ろうとしているのだが)、勘や記憶を頼りに探して行くしかない。間に合うだろうか。
寝る前になってようやく『文學界』。東畑開人「贅沢な悩み」まで読む。今回も「山頂の休憩」ということで、前回に引き続き「近代的個人」が現状どのような扱いになっているのかを確認する。
端的に言うと「そもそも近代的個人ってオワコンだよね」という流れと、「近代的個人のマチズモは倫理的に問題がある」という流れがあり、それが「心」に取り組むのを困難にしているという話だったと思う。
自分が鬱の真っ最中だった十年ぐらい前は「認知行動療法」を勧められたりしていたのだが、今では「自己責任論」に与すると批判されているらしい。あー、なんとなく想像できる気もする。ここ最近の大きな流れはコントローラブルであるという前提を疑うみたいところがあるもんなぁ。
心理療法の潮流とかはよく知らないけど、なんとなく時代の空気とか現在地を俯瞰してくれるところに共感できる連載だ。
5/8
非常に眠たかった。朝は電車に座れず、帰りの電車もなんかすごい混んでて座れなかった。連休はもう終わったのに、今日は何があるというのだ。
『文學界』をようやく読了。筒井康隆「自伝」も最終回だった。よくこれだけ細かく覚えていられるなあと思う。90年もの回想はそう簡単でないだろうに。
5/9
夕方が大雨予報なので車で駅まで行ったら事故で電車が動いていなかった。いつも通り運行位置サイトを見て、どの電車に乗ればいちばん早く着けそうかを考える。急行はまだだいぶ遠くにいたので普通電車で通勤した。30分遅れで到着。仕事は割と暇な日だったので特に問題なかった。
今日からは青木真兵・海青子『彼岸の図書館』(夕書房)を読み始める。月末の一箱古本市に図書館本コーナーを作るべく集めた本の一つ。もちろん個人的にも私設図書館に興味があるし、ルチャ・リブロさんも行ってみたい。
「移住して夢叶えました、よかったです!」というのじゃ何かのCMみたいになっちゃうしそれは私たちの実際とは違う
(青木真兵・海青子『彼岸の図書館』夕書房 P69-70)
と海青子さんが語られているが、自分もなんとなくそういうキラキラ移住にはちょっと違和感がある。いや別にやりたい人はやればいいんだろうけど。そういう「物語」に組み込まれるようなことが全体的に苦手なのかもしれない。
文フリのWebカタログを一通り見る。創作とエッセイ(特に、生きづらさ系の)と日記はあまりにも多すぎて目が滑ってしまう。それゆえネームバリューとデザイン性勝負になってしまう。
ざっと見てて気になったのは、ディスレクシアに関するエッセイと海外のZINEを売ってるブースとポッドキャストのやり方ZINEなど。
5/10
なんとなく語感のいい言葉:ガーランドデザイナー
などを永遠に考えていた朝。霧雨ではあったが、駅に着く頃には結構濡れた。風邪ひきそう。
『彼岸の図書館』の続き。近代はそれまで「自給」されてきたあらゆるものを「商品」にしてしまった。「商品」が新しいか・他と違うかという観点から選ばれるのに対し、「自給」は求める人自身にとって「ちょうどいい」かどうかで選ばれる。これからの時代に必要なのは「自給マインド」ではないか、と真兵さんが書かれている。
正直もう「商品」は多様化しすぎてしまって、めちゃくちゃ微妙な差異で勝負しているような気がする。これとこれどう違うの……? って割とよくある。選ぶのも疲れてしまう。
体調が微妙になりそうなので風邪薬を飲む。この感じだと、文フリ中は勢いで保つとしても、来週死んでるかもしれない……。
退勤時の片付けを急ぎすぎたせいでペーパーナイフで右手薬指をざっくり切ってしまった。普段あんなに切れ味悪いくせしおって。しばらくダラダラに血が出たけれど、思ったほど深くなかったのか痛みはなく、10分ぐらいティッシュを巻いてたら血は止まった。
こんな疲れてるのに夜行バス乗るのはキツイなぁ。でもお金、ないもんなぁ。
一旦帰宅して、夕食、お風呂のち、21時過ぎにまた出る。土曜夜のこの時間、本当に人がいない。明日からしばらく人ごみに揉まれることになるので、今のうちにこの開放感を噛み締めておきたい。
風は少しひんやり。寒くはない。長袖でちょうど良いのだが、明日は暑いだろう。夜行で行くと着替えたりするタイミングがなんだかんだでないのが難しい。まあ、暑い分には仕方ない。
どうせ向こうでスーツケースパンパンに買ってくることになるので、手持ちは文庫一冊。柴崎友香『春の庭』。今年こそは季節ものを全部読んでやろうと思っていてすでにギリギリアウトぐらいになってしまっているが、ともあれここで巻き返して『夏物語』も『錦秋』も『冬の本』も読むんだ今年こそ。
景色の描写と人物のバックグラウンド、特に育った過程や住んだ家が掘り下げられていくのは柴崎さんらしさなんだろうな。
読みながら、電車の窓の外を流れてゆく家、アパート、信号機の光。ああ、そこにも人生があるんだなぁ……みたいな、ありがちだけどあまり深くは考えない感慨に耽る。物語はどこでだって立ち上がることができるのだろう、きっと。
こういう気持ちになるといつも思い出すのは、森山大道がよく使っている「擦過」という言葉だ。
23時前。終点駅着。お腹空くかもと思って買ったパンを家に忘れてきたのでコンビニで一個買おうと思ったらネットワークに繋がらずもたつく。最近非常に接続が悪い。eSIMだが端末の問題だろうか。やっぱ4年使うと色々不具合出てくるのなあ。
メールに添付されたマップを開けず焦りそうになったが、外に出たらなんとか繋がった。今回も初めてのバス停なので若干不安になる。間違えてて、バスが行ってしまったらどうしよう……という心配をいつもしている。
一本前の仙台行きが同じ交通会社だったのでようやく安心。
それにしても、23時だというのにこの人の多さ。飲み会終わりなのかやたらテンションが高い若者のグループが左に右に歩いてゆく。この街は何時に眠るのだろう。すでに地元の静けさが恋しい。たとえどれだけ便利だろうが、これだけ雑多な街に住むのは自分には無理だなぁと思う。大阪には住んだことがあるが東住吉とか旭区だし。長閑なところにしか住めないよ。
バスはいちばん前の窓席だった。当たり席だね。いや、足元はやや狭いのか…?
深夜一時前。ようやく瞼が重くなってきたあたりでバスは浜松SAへと滑り込む。このまま眠気に任せて寝たいもののトイレも行っときたいのでここは降りる。深夜のSAはどこも無個性だ。浜名湖もうなぎもどこにも見当たらず、トイレと喫煙所とコンビニの光だけが煌々と輝く。
まだ一時間…とも思うし、もう4時間しかない、とも思う。でも首が痛いので早く着いて欲しい。
5/11
東京は朝の5時14分、曇り。
やはり0.5睡もできなかった。夜間ずっとスースー聞こえていたが、高速バスで寝れる人は本当にすごい。疲れてるんかな。
東京駅のトイレの蛇口がダイソンのなんかアスレチックみたいなやつで一瞬使い方に迷う。

雑な計画通り、まずは新宿に出る。5時18分発中央線快速。南口の方から東口に降りて、改札前のコインロッカーにスーツケースをぶち込むベイビー。これできょう1日は身軽だ。
南口の松屋に行こうかと思ったが、混んでたし狭そうなのでやめて、4丁目の吉野家に行く。こちらは空いていたし充電もできたので正解だった。午後はまともに食べられるか分からないので、ハムエッグ定大盛り+ご飯小おかわりとかなり多めに食べる。
新宿に戻り、地下鉄の乗り口に迷って甲州街道沿いを行ったり来たりして、なんとか大江戸線ホームにたどり着く。ふつうに埼京線のが安いし早いけど、あんまり早く着いても暇だし、なにより「ゆりかもめ」に乗りたかった。
大江戸線は手すりが明らかゴルフボールの素材でコーティングされているのが謎だ。
驚くほど人のいない汐留駅で乗り換えて乗ったゆりかもめには、まあまあ人が乗っていた。さすがにこの中で窓に張り付いて外見てたら目立つので大人しく座っている。がたごとがたごと揺られる。アナウンスはものすごく柔らかい。東京タワーがあまりにも小さく見えた。

どこで降りようかなぁと迷ったが、とりあえずお台場海浜公園で降りる。まだ4時間もあるのだ。
右手に湾と港区のビル群、左手にフジテレビを見つつしばらく浜を歩く。
手頃なベンチに座り、30分ほど風景スケッチを行う。今回はちゃんと紙とペンを使った。
250511写生文(のようなもの)練習 - 別に書くほどじゃないけど…
再び駅の方面へ戻り、夢の大橋を渡ってビッグサイト側、有明に行く。思ったより遠くなさそうだ。
とはいえまだ9時。シンボルプロムナード公園にちょうど良い背もたれのあるベンチがあったので、ここでしばらく休むことにする。
1時間ぐらいうとうとしたらちょうど心地よいお天気になってきた。10時過ぎに立って、夢のビッグサイトへと向かう。着いた。駅からの通路にはごろごろがらがらとスーツケースの音が響いている。ユザワヤのでかい袋を持った人、丸めたポスターを持つ人。あれが今からの2時間でどうディスプレイされてゆくのか。大体みんな中サイズのスーツケースに収めてきてる感じ。
通路の下から入ってきてしまったので、会議室横のトイレに寄って再び外に出る。デカいゲートの真下ぐらいに文フリ看板があり、カラーコーンの手前には30人ぐらいの列が5列ほど、電子モニターの方を向いてできていた。なんかパフォーマンスでもやってるんかという感じだが、一般待機の人たちだった。やがて30分ごろにアナウンスがあり、一般待機列が整理され始めた。

おそらく前には100人ほど。ゆっくり来たと思った割には早かったみたい。文フリガチ勢の仲間入りできるね。列はぞろぞろと進むが、ギリギリでゲートの影に入らないところで止まってしまい、日差しがじんわりと暑い。日傘を指している人も多い。せめて帽子は持ってくるべきだった。これが8月のコミケだったら死んでただろう。よく見かける即売会参戦の注意喚起、バカにできない。
スタッフさんが「暑い中申し訳ないです、今しばらくお待ちください」と声かけながら列を整理されている。人員整理は本当に難しいだろうなぁ。文フリはまだ民度高そうな気もするけど。
11時ごろ、列が動き始める。途中出店者列と並走するところがありややこしかった。すぐに受付があり、リストバンドをもらう。建物の中に入ると長ーい通路があり、途中まで出店者来場者とで入り混じり、さらに来場者は最奥の待機列までしばらく歩く。エッセイのある3・4ホールの方はたぶんすごい列だろうな。
11時10分、待機完了。あとは設営する人々を高みの見物である。カタログはエスカレーター前に、pixivトートはホール入り口前に積まれていてご自由にどうぞスタイルだった。受付で配るのが大変すぎる人数なのだろう。
ホールを上から見た感じでは、わりと余裕を持って配置されているなと思う。お隣さんとはくっつくが、机同士の間には40センチぐらいの余白。列の前後は2mほど空いているだろうか。柱が少なく天井がめちゃくちゃ高いのも、ゆったりとして見える理由だろう。
はじめに椅子の数を確認すること、宅急便の荷物は島の端に、印刷会社から直接配送の場合はブースに届く……など、出店者向けの情報がアナウンスされる。いつかでるときのためにね、いつか。
11時40分ごろには待機列も一杯になる。なるべく早く効率的に回らないと人混みに揉まれて息ができなくなりそうなので、直前までより良いルートを考え続けていた。
開始2分前。ボルテージが上がってきた。事務局からアナウンスがあり、今回で全国通算100回とのこと。すげー。

気付いたら16時を回っており、トートが肩に食い込んでいる。何冊買っただろう。20ぐらいか? 文フリ三万円企画やってるわけじゃないのに。地元にカルチャーを持ち帰るんだ! みたいな変な使命感を帯びてしまっている。
しかしこの人数は流通センターだと明らかパンクなので、ここで正解だ。会場が一階と二階なので行き来しやすいのも良い。壁際や休憩スペースもまだ余裕はある感じだった。ブース間の通路はぎゅうぎゅうだけど。
歩き回るのも大変だけど、人混みの中でずっと座ってるのも疲れるだろうなぁと思った。
16時40分、国際展示場駅からりんかい線に乗る。発車直後に着いたのでホームは空いていたが、しばらく待っていると文フリ帰りでごった返してきた。テレポートでもたくさん乗ってきたけど、これは文フリじゃないよね。いつも休日はこんなものなのか?
さすがに座れてよかった。
うつらうつらしながら揺られて運ばれて新宿まで戻ってきた。ここで再び東改札のロッカーにZINEをぶち込み、肩の荷を下ろしたところで中央線が走り出した。
書店だいたい12時からしかやってない問題をふまえると、今日のうちに中央線沿い書店巡りノルマはやっておいたほうが、明日のんびりできる。限界を越えようぜ今夜は。

まずは三鷹のりんてん舎さん。マップで見ると駅から近そうに見えるが、思ったよりも歩く。暗くなりかけてきた時間帯なので少し迷ったが、薄暮の中に浮かぶ暖色の店内がすごくいい感じ。毎回人文・詩歌の入荷告知画像を見て「行きたいいいいい」と思ってるので、来られることがとにかく幸せ。閉店間近にもかかわらず割と人がいて、詩歌ゾーンをあまりじっくりと見られなかったのが残念。
ZINEやリトルプレスも少し置いていたりするのが独特だ。中山岩田の図録なんかも欲しかったが、前々からずっと気になっていた『日常的な延命』がこれ見よがしに平台にあったので買っちゃう。
時間に急かされながら続いて吉祥寺の百年さん。東京に来たら必ず寄ってる気がする。ここも慌ただしく眺めていくのだが、ジャンルが広いのでなかなか大変。でもこのコンパクトながら充実っていうのが、古本屋の理想だよなあと思う。
なんだかんだで新しい本を買ってしまう。谷川俊太郎「詩人なんて呼ばれて」の文庫。もっと見たかった。
このあと蟹ブックスさんにも寄るつもりだったがギリギリ閉店時間でアウト。仕方なく吉祥寺のブックオフに寄ったら均一教養文庫がこれもまあ…! という感じでがざっと行ってしまう。帰りが怖い……。
雨がぽつぽつと当たり始めた。早く宿に向かわねばならない。急いで中央線に飛び乗り、新宿へ。ロッカーに預けたキャリーと文フリの荷物を回収し、ガラガラゴロゴロ言わせながら新宿の夜を急ぐ。この街の夜の人の多さを完全に忘れていた。デカいスーツケースを引くインバウンド客の横をすり抜け、トー横に佇む派手目な少女たちに脇目も振らず、9時前に本日の寝場所、カプセルホテルへ着く。三年前ぐらいに使ってからなんだかんだでずっとここに泊まっているのは、都心ではぶっちぎりの安さと、その割に浴場が広いからだ。毎度毎度上京のコスパを最大化しようとしすぎて動きすぎるので、この浴場には大変助かっている。こんな日にシャワーだけとか、死んじゃうからねぇ。
セブンでナポリタンとやみつきキャベツとプリンを買ってきて、ささやかに贅沢な夕餉を。テレビではNHKが映っていて、若干気持ち悪い細胞内物質の3Dが動き回っていた。
寝る前に「文学フリマで買った本」を投稿。他人の投稿を見ると「それどこにあったよ!?」と悔しくなるのであまりじっくりとは見ない。
買ったZINEは二十数冊であった。
5/12
今日はもう惰眠を貪ると決めていたので、一度7時ぐらいに起きたけど10時まで寝る。コンビニでチャーハンとパンと飲むヨーグルトを買ってきて食べる。
チェックアウトしてまず向かうのは紀伊國屋本店。ここでしか買えない本、というわけじゃないが、ここでしか出会えない本はたくさんある。今はアフリカ文学が一押しされていて、『割れたグラス』がどっさり面陳されていた。

お昼ぐらいまで店内をぐるぐるし、神保町へ向かう。調べずに神田まで行ったら割と離れていることがわかった。とりあえずロッカーにスーツケースを預け、地域バスの風ぐるまに乗って神保町まで行く。
やっぱり当日帰りの午後から神保町はなかなかキツい。まずはPASSAGEで長田弘『詩は友人を数える方法』などを買う。文芸文庫で長田弘、初めて見た。
夏目書房、八木書店、澤口書店、日本特化書籍…と均一棚を中心にざっと見ていくが、今回はあまり食指を動かされないラインナップだった。
そんな中ラッキーだったのは今まで訪れた際定休日だった小宮山書店に行けたこと。ここは写真集専門ということでさすがの品揃えだった。もちろん価格もそれなり。
今回大当たりだったのは愛書館中川書房で、ここはちくま文庫の品揃えが異常に良くて素敵なのだが、今回あわよくばどこかで売ってないかなぁと思っていた『ゴドーを待ちながら』と『冬の夜ひとりの旅人が』がどちらもあって迷いに迷ったが今回はカルヴィーノを買った。ベケットはたぶん、今後もどこかで会えるし。
そんな感じでまた十数冊を増やして、今度は地下鉄で神保町駅から神田まで行って、荷物を回収して、東京駅へ。ギリかと思ったけど割と余裕があったので(よかった)、土産なども買えた。
下手したら30kgはある荷物を全身で担ぎながら、八重洲口へ。エレベーターの位置が分かりにくくてあちこち彷徨ううちに、スーツケースとトートが手に食い込んで指の付け根が痛い。今週いっぱいはマメに悩まされるだろう。なぜ毎回こうなるのか。
新幹線に乗るのは30年近く生きて3回目ぐらいなので、まだまだ緊張する。自分なんかが乗って良いのだろうかみたいな、変な意識をしてしまう。でもこの疲労を抱えたまま夜行バスはぜーーったいに無理なので大人しくのぞみに乗車。まい泉のヒレかつサンドを食べていたらぬるっと動き始めた。言って1時間である。リニアができたらもっと早いだろう。腰首を痛めながら一晩かけてバスに乗るのがアホらしくなる。(まあ、バスは健康を代償にお金と「混雑していない朝の東京」というメリットを得ているので)

日記が一段落したところで窓の外を見たらちょうど富士山がぼんやり見えていて、カメラを出して写真を一枚撮ったらすぐに雲の向こうに隠れてしまった。
のぞみは静岡の街中を猛スピードで横切ってゆく。静岡市、割と中心部にも低山があるんだな。地図で調べると賤機山古墳群と表示されていた。低山の向こうには雲のかかった険しそうな山々が聳える。あの山のまた向こうの向こうには長野の山間の集落があるのだろう。静岡、ほとんど山だな。
浜松に近づくにつれ、山は向こうのほうに遠ざかってゆき、ペールオレンジの空の真ん中がぼんやりと光っていた。
旅にゆきたいなぁ。移動じゃない旅に。本を爆買いするためじゃない旅に。
残りの30分で『春の庭』を読めるところまで。家、住むことと人生についての物語が少しずつ交差してゆく。
新幹線から急行電車に乗り換える。途中駅で後ろ二両を切り離すと言われて、でももう車内もゴタゴタだったのでそのまま座っていた。切り離し駅の前の駅で前の車両に移動した。
「春の庭」を読了。最後、視点人物が太郎の姉に切り替わるところが不思議だった。春の庭だけれど、冬の場面も出てきて印象的。
結局あの石は何だったのだろうな。

文学フリマで買った本…22冊。
東京の古本屋で買った本…23冊。
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