残業続きだったり週末のイベントに向けてZINE作ったりバンドが動き始めたりと心身ともにギリギリのところでやっている。
忙しすぎると本を買ったり借りたりする頻度が減って積読が増えないのはいいのかもしれない……?

今週読んだ本
読了なし
6/3
そこそこの雨。レインコートでふくとかばんは服と鞄は大丈夫だったけど、案の定靴はびしょ濡れになった。しかも駅についてから携帯不携帯に気づく。なんかもーーーだめ。
文學界2025年5月号から、安藤礼二「燃え上がる図書館 アーカイブ論」を読む。いや、読めない。眺める。
ひたすら頭を抱えてきたこの連載もついに最終回ということで、磯崎新の仕事からロラン・バルトやフーコーが論じた「空虚」の源泉を辿る。結局アーカイブも図書館もよく分からないままだったけれど、フーコーが東京帝国ホテルに泊まらずにラブホに泊まった話はおもろいなと思った。読解が浅すぎる。
四つの柱で土地を囲ったれ神聖な場所(神籬)が発生するみたいな話は興味があるので、磯崎新のそういう文化論みたいなのは読んでみたい。
帰ってきたら原付が壊れてエンジン掛からなくなってた。呪われとるんか?
夜、NHKで夜見ヶ浜人骨のドキュメンタリーをやってて観る。どちらかというと骨が見つかったけど紛失して半世紀ぶりに見つかったという部分がクローズアップされてて(あと研究者の直良さんの不遇と松本清張との繋がりとか)、骨が旧石器時代のものかはまだ分かっていないらしい。現代ならすぐに分かるようなものだと思ってたけど、そうでもないんだなぁ。
現地調査の場面で人類学者の海部さんが、骨を見つけても取っとく人あんまりいないよねみたいなとこを仰ってて、そう言われればそうかもなぁ〜と思った。あれだ、実家の蔵から出てきたボロっちい紙切れを捨てちゃったけど実は価値があったみたいな。探している人以外にはゴミ同然、というかそもそもその辺に落っこちてるのが古い骨だなんてまあ思わない。
日本のあちこちを掘って掘って掘りまくれば旧石器人だろうが恐竜だろうがまだまだたくさん出てくるのだろうが、それをできる時間もお金も権利も好奇心も持ち合わせている人がいないのがもどかしい。
6/4
忙しいため休日返上で仕事。出勤上限があるから後々休みにはなるけど。
『GOAT』の夏号が出たので買ってきた。前号もなんだかんだでまだ読み終えていないのに。
いつのまにか文學界、本の雑誌、GOAT、随風と文芸誌を四つも追うことになってるんだけど、ちゃんと読めているのは二つだけじゃん。
歴史探偵が「九鬼水軍」の回だったので観る。地元の歴史もっと知らなきゃだなあと思うし、それ以前に信長と本能寺とか秀吉の朝鮮出兵とか関ヶ原の東軍西軍とか歴史のメインストリームでさえほとんど覚えてないので、日本史を学ばなきゃダメだわ。
6/5
朝の電車で文學界。ようやくハードル高いゾーンを読み終えてエッセイに。鈴木涼美・藤野可織の並びは毎度余韻が素晴らしい。
渡辺祐真「世界文学の大冒険」はヴェーダについて。アーユルヴェーダぐらいしか聞いたことないけど、四大ヴェーダには入ってなかった。「リグ・ヴェーダ」「サーマ・ヴェーダ」「ヤジュル・ヴェーダ」「アタルヴァ・ヴェーダ」という四つがあり、それが成立時期によってさらに「サンヒター」「ブラーフマナ」「アーラヌヤカ、ウパニシャッド」に分かれるのだとか。ややこしいね。
ウパニシャッド哲学という言葉も聞いたことはあったが、ウパニシャッドはそれぞれのヴェーダに対する最終的な増補みたいな感じなのかな。
ブラフマンとかアートマンとか倫理の資料集に載ってるやつが出てきたけど、やっぱりさっぱり。
上下デニムっぽい淡いブルーで薄い茶髪でサングラスというアビーロードの頃のジョン・レノンっぽいおばちゃんがとすれ違った。アビーロードおばちゃんはチャリで颯爽と商店街の角を曲がっていった。
なんかみた。いや、今年始まった書店がすでに閉店に追い込まれているみたいな情報を見た。えぇ……。
チャレンジすることも小さくやることも大切だと思うけれど、せめて一年は続けられる感じであってほしいなぁ。
あまりにもからだとこころが窮屈になりすぎて死にたくなる。ダム湖に沈みたい。爆発四散したい。
別に何か強い意志があるわけでもないのに、ぼんやりと嫌なことが起きると限界になってしまう。
6/6
MGSVの続き。ゴドーを待ちながらパロディっぽい「ガルブディンを待ちながら」などという話があったり。
「ヤギの寓話」では息子の死を知ったマーザグルが天に向かって投げた半月刀が反乱兵に爆撃を終えたばかりの戦闘機に直撃し…と物語が続いていくのがユーモラス。「地球そのものが彼女を手放すことに耐えられなかったのだ」(P165)と名文。
6/7
朝のニュースで岐阜は恵那の朴葉ずしの中継をやっていて、野生のコマドリっぽい鳴き声が入っていた。今のところ関東のJR駅でしか聞いたことがない声。リアルコマドリ、会いたいなあ。
疲れが溜まると思考力も壊滅的になって、「これに間に合うためにはこのぐらいのスケジュールで動かなければならない」ということを全く考えられなくなる。通勤電車を一本乗り過ごしてしまった。というかもう、無理。行きたくない。なんでこんなに毎日毎日決まった時間に電車に乗らなきゃいけないんだ。死にたいよ。
14分遅い一本あとの電車は空いていて、これならばもう今後は毎回遅刻していこうかなぁと思った。出勤時間オンタイムでついたため遅刻ではなかった(その後の諸々が後倒しになるけど)。
遅々として進まぬ文學界より頭木弘樹「痛いところから見えるもの」。今回は例外として「痛みを感じない人たち、あえて痛みを求める人たち」ということで、先天的無痛症とSMについて。
痛みがないって危険なんだな〜(無痛症の人は関節障害に陥りやすいらしい)。
6/8
週末のイベントまでに作りたいZINEの取材とか編集とかをわーーっとやってるけど、間に合うか微妙すぎて胃が痛い。
夜、ついにバンド(仮)が始動。ベースの知人とスタジオに入って、課題曲を練習した。ベースと歌だけでも曲って成り立つんだなぁと思った。わたくしのドラムは音がペラいしリズムヨレヨレだし迷子になるしで酷かった。マジで電ドラ買って練習しないと。。。
6/9
疲れてるのに睡眠が浅くて死にそう。週末まで持ちそうにない。もうやだ。
一月から毎月貰っているのに読んでない岩波の広報誌『図書』がジュニア新書1000冊記念特集で面白そうだったのでパラパラと読んでみる。個人的にはちくまプリマーのが好きなんだけどね。
伊予原新氏と木下通子氏の対談「読むことは世界への扉を開く」では、子どもの読書は科学と同じで如何に身構えないように持っていけるかが大切、みたいなことが書かれていた。周りが読んでるとか、家に本があるとか、環境ってすごく大切だよなぁ。何度も書いてるけど、自分も数年前に読書会に参加し始めてからだし。ある程度読むようになったの。
個人的にとても興味深いのが、正木香子「日本語書体の大変革期」。岩波と言えばもちろん取り上げられるのは精興社書体。精興社で印刷された書籍にだけ使われるフォントで、岩波文庫とかみすず書房の本に使われている。「を」とか「た」の形が特徴的だと思う。
そんな精興社書体だが、戦前の手彫り活字時代から戦後の機械彫り活字への移行期に少しずつリデザインされていったらしい。ものすごいマニアックな話だよね。
フォントは好きだけど、(数ミリにも満たないような)活字が職人の手彫りだったとか考えたこともなかったし、勉強になる。
連載で山本貴光さんが「岩波文庫百話」というのを書いていて、つまりいままでの号にも載ってるということなので読まなきゃなぁと思った。
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