もうあと12週で一年やったことになるって、本当ですか? 時空、これで合ってますか?
ともあれ、最後までにはもうちょっと読書のペースを取り戻したい。

7/1
車でお仕事。気持ちいつもよりも交通量が少なめな気がした。
バイパスの上から見る一面の田園地帯は、うっすらもやがかった中に朝の日差しがさしていて綺麗だった。
台車を押しながら繁華街を歩き、交差点の信号で立ち止まった瞬間に後方斜め右上から鳥の糞が落ちてきて、背中から右腕にかけてびっしゃーーと。直撃。こんな街中で。たぶん後ろとかにいた人もびっくりだわ。
速攻で車に戻ってウェットティッシュで拭き取り、近くの水場で洗った。なかなか大きかったのでカラスだろう。感染症とかが怖い。まあそのまま口元とか触ってないから大丈夫だとは思うけど。
電線とか木の下で糞を落とされたことはあるものの、飛翔中に落とされたのは初めてだ。これはどう考えても100/0で向こうが悪い。
今日も死ぬほど暑くて、寝る前になっても部屋の気温が34℃から下がらない猛暑夜。
買ってきた『寺山修司青春歌集』をひらく。カバーが今の写真ではなくて、林静一イラストの一昔前のやつ。写植っぽい文字の揺れも寺山の雰囲気に合ってて良い。
全体的に静かで時が止まったような作品が多いなか、このうたは少し動きが感じられて目に留まった。
7/2
ついに、満を持してエアコンを掃除した。
掃除モップが真っ黒黒になって付けたくないなぁと思ったが、背に腹は変えられなかった。
7/3
一年ぶりに会う知人を歓待するためにバンドの皆で演奏するなどした。練習してたら腕が痛くなってきて腱鞘炎になりそうだった。初心者あるあるだろうなぁ。脱力できてないからダメなやつ。
青森土産にりんご型にくり抜かれた栞を頂いた。嬉しい。みかんのバイトをしていた時、農園の伝手(?)でりんごが送られてきていたが、青森のりんごは蜜の部分がめちゃくちゃデカくて美味しい。また食べたい。なんだかんだで愛媛のみかんもご無沙汰だ。農園バイトじゃなくて普通に訪ねて行って早生でも南柑でもまどんなでも食べまくれるような経済的余裕が欲しい。
夜は知人同士11人ぐらい集まって王将へどしどし向かい、食後に店舗前の階段で謎の集合写真を撮った。いい大人が11人で。ウケるな。
7/4
午前中はお部屋の片付け。カフネじゃないけど、余裕の無さは部屋の汚さにほんまに直結する。読書量も減る。なのに買う量は減らない。おかしな法則が働いている……?
せっかく積読をアプリ管理し始めたのにもう未登録が100冊ぐらい増えちゃってる気がして怖い。
怖いものは見えないところに閉まってしまうのがよろしいので、折りコンテナにぶち込む。机の下に満タンのコンテナが3つ重なってしまった。別に百均のボックスが4個ぐらいと文庫の26冊入るケースが4つ。なお本棚は別にあり。……もうこれ以上本の置き場が無ぇ。
午後は知人を乗せて思い出の場所巡り。少しばかり待ち時間があったのでそのへんをぶらぶらしながら写真を撮ったり、書店に寄って今月の『波』を貰ってきた。
新潮とKADOKAWAはいつもの夏フェアをやってるけど、正直もうほとんど読んだが買ってるものが多くて、栞のために買うのもなぁ……という感じ。しかしこれだけ有名で定番の作品でもいまだに新刊で売れ続けるというのは凄い。まあ初めて出会う人にとってはそんなの関係ないけど。本屋に通いすぎてそういう気持ちをもう忘れてしまったのだ……。(更によろしくないのは、ものを見過ぎて読んでないのになんか読んだ気になっちゃってるやつ)
空き時間で「生成変容体」を少し読む。
7/5
仕事。疲労。
知人とカリーを食べる。月に一度あるかないかの外食の9割が吉野家な人間なので、一人じゃいけない個人店に連れて行ってくれる人がいるのはとてもありがたい。カリーは優しい味の野菜とホロホロのチキンが美味しかった。量的にはやや少なく感じたが、外食のカレーで満腹になることってあんまりないか。
7/6
掃除しようとか出かけようと思っていたけど、寝たり起きたりするだけで1日がほぼ終わった。この生命エネルギーが枯渇してる感じは久々かもしれない。疲れが取れない。
かろうじて夜にスタジオ練習の予定が入っていたので家は出られたけど、思いっきり時間を間違えてしまって明枠をかけてしまった。自分で予約してるはずなのに、なぜか強烈に別の時間を思い込んでしまっていた。これも頭が働いていない弊害か。演奏も下手。体が動かない。
とりあえずもう自分から何か予定を入れたり計画したりするのは当分避けようと思う。相手がいることは特に。
人とも会わない……ってなるとまた強烈な鬱期になりそうだけど、でも会って迷惑かけたり気にしすぎて疲弊したりするのも嫌だなぁ。難しい。
寝てそのまま死んでたらいいのに。
7/7
どっこい生きてるんだよなぁ。困ったことに。
外に出た瞬間帰りたくなる良いお天気。体が重い。本を開く気力もない。そのくせして、お昼休みには写真を撮りに行ったりする。結局気力と志向の問題なのか。
一応リアルで知っている方のSNS投稿にモヤる。人に迷惑かけなきゃ何言おうがその人の自由ではあると思うが、少なくとも自分はその立場の人がそのアカウントでそんな言説を投稿するのはいかがかと思う。

夜に十五年戦争の読書会があり、課題本が『cocoon』なので帰りの電車で再読。EPADで劇を観てから初めて読み返すのだけど、劇は割と最初の方わちゃわちゃしてた気がする。原作、こんな初っ端から壮絶だったか……。
漫画の読書会は初めてだったけれど、活字と同じく複数人で読むと読みが深まる感じがとても良かった。終盤サンが日本兵にレイプされるシーン、「大丈夫」と言ってるし未遂かと思ったけどよくよく見たら服も脱がされていて、ああ……と思った。
作中では空想=繭がサンを地獄のような現実から守ってくれているが、一方で読者はこの作品がフィクションであるが故に、時に現実以上に痛烈なものを感じ取る。その構造がなんだかすごい。
あとがきで今日さんが書かれている言葉がとても印象に残る。
残酷な現実や、大きすぎる敵に対して戦う方法があるとしたら、それはじぶんたちの甘やかな想像力なのかもしれません。
『夜と霧』で描かれる、強制収容所を生き延びた人たちのことも少し思い出したりする。
生の戦争体験が聞けなくなる日もそう遠くない現代。こういった形での新たな戦争作品が生まれていくことは、意義あることだと思う。

