終わりが近づいているのは日記だけなのだろうか。

今週読んだ本
- 末木新『「死にたい」と言われたら 自殺の心理学』(筑摩書房)
8/26
なんかも〜〜無理! ってなってるので有給使って連休を取った一日目。ほんとはどこか行きたかったんだけど、予定を立てる気力もない。
とりあえず録画しておいたアニメ『cocoon〜ある夏の少女たちより〜』を観る。シリーズかと思いきや一話完結なんだな。
最初にこれは架空の島の架空の戦争の話というようなキャプションが入り、やたらフィクションを強調してくるなぁと思ったけど、全編を通して原作の「沖縄」要素が薄められてしまっていた。「ガマ」って言葉も出てこないし。なんかその辺は、NHKでやるってことの事情を感じてしまう。
キャラクターはかなり改変されてるなと思った。サンが自分の意見を言えない弱気を抱えていて、そこからの成長物語というのはアニメ独自の設定。エツ子は消えちゃってる。
集団自決とか、障害を持つと思しき人たちの殺害などが省かれてしまっていたのは個人的にうーんと思う。
8/27
連休二日目。かろうじてシーツの洗濯と掃除機がけはできた。
自分の中で色々やらなくてはならないと思っていることはあるけれど、今は無理じゃないか? と思えてきた。参加費を払っちゃってるイベントとかもあるけど、無理な気がする。
ここ数年、特に「意味」と「見てほしさ」だけで動いてきたきらいがある。そういったあり方に疑問も抱いていた。(それはそれで「本当にやりたいことは、理由がなくてもやってしまう/根拠なきモチベーションこそが善だ……みたいな価値観に引っ張られすぎているかもしれないが)
もういっそ今は全部やめてしまって、時間に任せるべきなのかもしれない。
布団の上でひたすら会話劇系動画を聞き流している。
8/28
思い通りにいかないことがあると全部もういいやってなってしまう極端さの悪いところが全面的に出ていて、ハイパー無気力に陥ってしまった。
8/29
末木新『「死にたい」と言われたら』(ちくまプリマー新書)の続きを読む。
我々がどのように生き、死んでいくのかということは、どこに住むのかという一見自殺とは関係のなさそうなことからも影響を受けています。
(末木新『「死にたい」と言われたら』筑摩書房 P23)
東北の山間部のほうが太平洋側・瀬戸内海沿いより自殺率が高い、というのは事実としてあるようだ。もちろんただ気候的な条件が違うだけではなく、保健医療資源へのアクセスしづらさというのもあるらしい。最も多い自殺要因は健康問題なのだ。
社会的要因の中で、著名人の自殺が報道された後に自殺率が高まる——というような現象を「ウェルテル効果」というらしい。もちろんゲーテ。実際に『若きウェルテルの悩み』が出たあとに同じ方法での自殺が増えたとか。思う以上に創作の影響力というのは大きいんだな。遠野遥さんの「関係」みたいなことになるのも現にあり得そうな。
地域・人間関係要因の一つ、災害後の自殺率変化も興味深い。災害直後は人々が団結するから自殺率は低くなるが、3ヶ月ほど経つころから上昇していくという。一時的な団結は冷めてゆく一方で復興はなかなか進まないというストレスによるのだとか。これもなんとなく分かるなあ。
広告や街中で見かける生成AIイラストに対してモヤモヤを表明する人がちょくちょくいて、その感覚は分からんでもないなと思う。たぶんAIを使うことの可否というよりは、あのテンプレみたいな絵柄にどことなく忌避感を覚えてしまう人が多いのではないか。線がはっきりしていて、ベタ塗りで、人物がだいたいカメラ目線で、表情がほぼ一緒のイラスト。
自分が覚えてる限りでは少し前に「ジブリ風」(でもジブリではない)のスタイルが流行ってからああいう絵柄が爆発的に増えた気がする。
おそらくあの絵柄はかなり和洋折衷されていて、そこも一つの違和感(日本チックだけどなんか違う)になっているのではないかと思う。海外製日本風アニメがなんか違う、みたいな。そこらへんはもっと掘り下げてみたら面白そう。
朝の続きを読む。
自殺には遺伝的な要因も関係しているようです。つまり、自殺が生じやすい家系があると理解すれば良いと思います。
(P34)
その具体的な部分をもっと知りたいけど、遺伝子研究も自殺の研究もそこまで歴史が無いだろうし、まだはっきりなことは言えないという感じかもしれない。でも個人的にはやっぱり後天的なものが大きいと思う。
トーマス・ジョイナーの「自殺の対人関係論」の話は前にもどこかで読んだなと思ったら、松本俊彦『もしも「死にたい」と言われたら 自殺リスクの評価と対応』(中央医学社)という本を3年ぐらい前にも読んでいて、ほぼ復習だった。
「自殺の対人関係論」とは、自殺の危険性を「身についた自殺潜在能力」「所属感の減弱」「負担感の知覚」から評価する指針。自分の場合で考えると、潜在能力はそこまで高くないけれど所属感にはめちゃくちゃ影響を受けているという感じだろうか。仮にここから、怪我をするなど肉体のダメージに慣れる、自殺の知識が増える、身近な人を失うなどの経験が積み重なってゆけば、私の「自殺潜在能力」は高まり、所属感減弱ダメージを受けた際の自殺リスクが上がってゆく……ということになる。
第二章はまさにタイトルの内容。「今から死のうと思う」みたいな連絡をもらったとき、どうすれば良いのか。まずは警察に連絡を(できれば相手にもその旨を伝えてから)とのこと。
自殺に限らずとも、警察ってどういうときに呼ぶべきなのか日頃あまり考えたことがないので、なるほどなぁと思った。
久々にちゃんとドラム練習を試みる。『ドラム練習パッドフレーズレシピ』という教本を持っているのだが、解説がほぼないので超初心者向きではない気がする。バウンドを活かした高速連打の練習にストーンキラーというのが紹介されているが、感覚が全く掴めない……。
8/30
一瞬冷房を浴びたら鼻水がひどいことになった。やはり寒暖差は最大の敵。
ホルストの惑星を聴きながら、『「死にたい」と言われたら』の続きを読む。
「死にたい」などという気持ちは人生における重大な秘密であり[…]打ち明けた側は意を決して、その人だから打ち明けたのであり、そこに特別なつながりを感じている可能性はかなり高いと思われます。
(P61)
だからこそ、打ち明けられた側が対応するのがつながりの回復や自殺予防になる可能性が高いという。
まあ、打ち明けられる人がいるという時点で恵まれているなぁとは思うけれど、ただこれが一方的だったらしんどいものがあるとも思う。温度差があるというか。でもそういう場合は現実的に多そう。「死にたさ」は打ち明けられる側にとっても重いのだから。
その上で、打ち明けられた側がまずやるべきなのは、その具体的な部分について尋ねることだという。
「もう具体的な方法を考えているのか?」という質問は、「死にたい」という自己開示を重く受け止め、本気で死を考えているのだと理解したからこそ出てくる質問です。そのため、こうした質問が自殺のリスクを高めることにつながる可能性は低いというわけです。
(P63-64)
なるほどなぁ。そしてこの質問は結果的に自殺潜在能力への対応にもなる。
先ほどの疑問(話を聴く側の消耗について)も触れられている。可能であればチームで対応すること、あるいは聞き手側が誰かに相談できることが望ましいと。なかなか個人レベルでそこまで体制を整えられるのも難しそうではある。
「惑星」は何度聞いても映画音楽だなと思う。やっぱり火星と木星が好きだけど、海王星とかの良さもちょっと分かってきつつある。
寝る前にキム・エラン『外は夏』(古川綾子 訳/亜紀書房)を読み始める。夏も終わっちゃうし。
喪失をテーマにした短編集。一作目「立冬」は、幼い息子を亡くした夫婦の物語だ。息子のヨンウが事故死してから、夫婦の時間は止まったままだった。インテリア好きの妻が買ったゴムの木は茶色く枯れ、ローンに苦しみながらも、事故の際に支払われた保険金は手付かず。家事を手伝いにきた母親がうっかりぶちまけてしまった木苺エキスのシミがこびり付いた壁紙。
そんな悲しみの底から、少しずつ動き始めるところから始まる物語だった。
「今日は妻が起き上がる日なんだな、今まさに立ち上がろうとしてるところなんだな……」と思った。
(キム・エラン, 古川綾子 訳『外は夏』亜紀書房 P33)
時間にしか解決できない痛みの中にいると、いつまでも終わらないような、何も変わらないような苦しみに押しつぶされそうになる。それでもふとした瞬間、ああなんか底をついたなという感覚があり、そこからすこし少しずつ動けるようになっていくことがある。まさにそんな瞬間だ。
しかし、喪失からの回復はそんなに簡単なものではない……ということが描かれる終わりには「ああ…」と思わされた。回復とは痛みがなくなることじゃなくて、痛みを抱えながら生きていくことなんだ。
二つめの「ノ・チャンソンとエヴァン」は父を亡くした子ども、チャンソンと捨て犬エヴァンの物語。
不快指数は高く、夏休みは長く、その年の夏はどういうわけか、すべてにうんざりしていたから。
(P44)
チャンソンはそこで鳥のさえずりと風の音、自動車の排気ガスと大人たちのあくびを食べて育った。
(同前)
この文章のリズムと表現、好きだ。
しかしモヤっとする話だった。この時点で、多分全部そういう読後感になってくるような気はするけれど。
ダメだと分かっている方向につられていってしまうというのは、ストーリーとして読むと寓話的でもあるけれど、実際生活の中にはそんな場面だらけだったりして、リアルだなと思った。
8/31
法事があり、久々に読経をした。長い経を読んでいるとだんだん疲れにくい発声方法が掴めてくるのだが、なるべく舌を動かさず曖昧な発音をしつつ鼻で響かせる感じで読んでるとお坊さんみたくなって、だからこんな感じで読むのかと思った。
午後はやっぱり、寝た。14時から19時ぐらいまで。エアコンをつけると寒くて、消すと暑くて、微妙な温度にすると臭くて、困る。
8/32もとい9/1
ローカルニュースでオノマトペが特集されていた。無駄に編集も凝ってるし、朝からゆる言語学ラジオを見ている気分。『言語の本質』の共著者・秋田教授の医療現場でのオノマトペ活用研究が紹介されていた。
今日から9月になってしまった。社会人にとっては本当になんの意味もない日付だが、学生の頃はまるで終末が来たかのように思っていたはず。
学生の自殺が最も多いこの日を十何回も生きていたのは奇跡的だとすら思える。死にたさ自体は無くなってないけどね。
そういうことで、本日も『「死にたい」と言われたら』の続きを読む。
死にたいという思いは短期的な問題解決をもたらすように見えるセイレーンの歌声です。この魅惑的な歌声に対しては、オデュッセウスのようにその声を聞く前に対策を立てておくことによってやり過ごすことが可能かもしれません。
(『「死にたい」と言われたら』P95)
この例えは秀逸だなと思った。
それでもなかなか自信をマストにくくりつける=いざというときに頼れる人間関係の構築は難しいよなぁと思って読み進めると、「返報性の原理」を利用するため小さな贈り物で関係性を結びましょうという具体的すぎるアドバイスが出てきて面白かった。贈与論じゃん。
対人関係を充実させ、我々を幸せにしてくれる簡単な習慣としては、他者に感謝をし、その感謝を伝えること、親切にすることなどが挙げられます。
(P111)
確かに、死にたさが極まった状態では他者への感謝なんて全くできないなぁ。
いろいろな手段が紹介されるなかで、まだこれはやりやすいんじゃないかという方法もある。
いつ、どのような時に、つらい気持ちになるのか。自傷のような行動も含めて、その時にどんなふうに対処したのか、あるいはしなかったのか。結果として、どのようになったのか。そういうことをきちんと書いて記録として残します。
(P113)
コーピング以前に、まず思考の指向を知ることは大切だなぁ。
第4章の「自殺は悪いことか」では、自殺が歴史的にどう受け止められてきたのか(一神教での扱いとか)や、死ぬことの倫理みたいな話が書かれていて興味深い。死について語っていても、創作における「不老不死の悩み」みたいな部分まで触れられている本、あんまりないよな?
位置付けの喪失という点では、自殺志願者と不老不死は意外と似ている……? などと思った。
他にもムレイワガネグモの行動から生物界における自殺的行動の意味を考えたりとか、4章はいい感じの箸休めになっていて良い。
現状では、安楽死が合法化されている国や地域においても、身体疾患のない、精神的苦痛による安楽死が合法化に実施できることはほとんどありません。[…]これは、身体疾患の推移の見込みに比して、精神的な苦痛がどのようになっていくのかを見通すことが困難であるためです。
(P151)
これは初めて知った。そうなんだ。死にたいからってそうやすやすと安楽死できるわけじゃない。考えてみればそりゃあそうなんだけど(下手すりゃ殺人に使い放題になってしまうし)。
4章で提示される未来像はなかなか斬新で、要するに自殺から「悪さ」(社会や遺族への負担、死ななければ得られた機会)を取り除いて、満足の上で人生を終わらせるための幸せな死としての「自殺」である。めちゃくちゃSFっぽい。ただしフィクションにおいては大抵の場合「悪さ」の部分が覆い隠されてディストピアになっているので、その実現はSF以上に困難を伴いそうだと思う。(SFに限らず、特攻なんかだってそうだ)
第5章は国や自治体による自殺対策の評価や、自殺対策に関わる職業の紹介などが中心だった。
個人的には自殺対策に関わる人を描く小説なんかがあっても良いのではないかと思う。本書が指摘するように、最前線のカウンセラーだけじゃなくて、実務的な部分をやる行政などの立場からも描いて。そんなに売れないかもしれんけど……。
そんなこんなで読了。たぶん人生で一番自殺って書いたなぁ。BANされなきゃいいけど。
いちおう地域の自殺対策についてもちょっと調べてみる。
3年前の資料によると、2021年の時点では270人だが、厚労省のデータを見ると2023年は305人、2024年は289人とまた増えているようだ。(2022年あたりから全国的にやや増えている)
そしてやはり自殺率は中高年男性の方が高く、動機の上位は「健康問題」。
あと「学校生活に安心を感じている子どもたちの割合」の令和9年度目標値が小中高100%になってるけど、さすがにそれは難しすぎないかと思ってしまった。
市の資料はなぜこんな緑で読みにくいのか分からないが、「メンタルパートナー養成研修」を実施して、相談に乗れる人材を増やしていることが分かった。初めて聞きましたが。
今年も31日の夜に、地元ラジオ局のアナが不登校や生きづらさを抱える子どもたちに向けた特番をやられていたので、聞き流しながら眠る。


