調子
読めないし書けない。なんかそういう時期なのかもしれないなぁと思う。読む方は全くというわけではないんだけれど、何ヶ月か前の週に2冊とかいうペースは今は到底無理。頑張って10ページ/日。電車の中以外で読むことができない。
楽器を何日か触らなかったら腕がなまるみたいな感じで、読まないから余計に読めなくなるし、書かないから書けなくなるというところはあると思う。でもなんか、そこを頑張って……というテンションにもならないんだよな。そもそもできるなら一日中寝ていたい人間だし。バイト行けてるだけマシ。
じゃあどうやったらそういう機運になってくるのかという話だけれど、自分は単純だから、誰かから求められたらやるんだと思う。書いてほしいとか作ってほしいとか。むしろモチベーションの置き場所がそこにしかない。調子がいいときは勝手に求められてると思い込んで色々できるけれど(後になって別に求められてなかったと気付いて落ち込むのはそれはそれで嫌だけど)、そうでないときは、こんなふうになってしまう。いい加減その他人にモチベーションを委ねるのをやめたいとは思うが、すぐに自他境界がゆるゆるになってしまう自分には、まだ難しいのかもしれない。
楽器
楽器のこと、全然知ってないじゃん……と思うことがいくつかあった。まずはベースに「ジャズベ(ジャズベース)」と「プレベ(プレシジョンベース)」がある、というのを割と最近知った。なんかピックアップ(弦の音を拾うやつ)の配置とか数とかが違って、その結果としてそれぞれに個性的なサウンドがあるらしい。よくよく考えたら今までもDTM音源とか触ってて「PreBass」とか見たことがあったかもしれないけれど、完全に思い込みで「Percussion」の略だと思っていた。いやパーカッションベースってなんやねん、と音楽やってる人なら分かるのだろうが、無知無知なのでそういうもんかと思っていた。たぶんパーカスオルガン(アタック強めのオルガン音)と混同してたやつ。
ちなみにいま調べてたら更に「ハムバッカー」と「PJ」というタイプもあるらしい(さらに「プリアンプ」の内蔵の有無でアクティブとパッシブがあり、前者はアンプに繋いでいても本体に電池を入れないと音が出ない!)。楽器始めるとき、ここまで色々知らなきゃいけないって大変だなぁ。自分は絶対何も知らずにスタジオ行ってアンプに繋いで音が出ない〜〜!!(アクティブ) ってなるタイプ。
もうひとつはエレピについて。エレピ好きすぎて単体で「エレピが好きな曲」の記事を書こうかな〜と思っていて、「ローズ(Rhodes)」「ウーリー(Wurlitzer)」「DX7」「CP88」といった代表的な楽器それぞれで項目立てするイメージを膨らませていたのだが、ちょっと調べてみると「エレクトリックピアノ」と「エレクトロニックピアノ」があるという全く知らない情報に突き当たって出鼻をくじかれてしまった。要はなんらかの方法で物理的に出した音をアンプで拾うのが前者で、完全に機械的に音を発音するものが後者ということらしいが、Wikiのページに(エレクトロニックピアノは)「ウーリッツァーピアノの製品種目のために使われた商標でもあった」みたいなことが書いてあってめちゃくちゃ混乱した。そういう経緯はありつつも、ウーリーは前述の分類上では「エレクトリックピアノ」となる。
ちなみに「エレクトロニック」の方の代表的なものは「RMIエレクトラピアノ」などがあって、これは私が2週間に一度は脳内再生してしまうイエスの1972年ライブのリック・ウェイクマンソロで聴くやつだ…!
この音色を聞いていると、母の実家にあった古いエレクトーン(YamahaのD-40あたりだと思う)の音を思い出す。当時の技術的に、機械的にピアノを再現しようとしたらこういう音色になるんかな。ちなみにそのエレクトーンは最近処分されてしまった。せめて捨てられる前に一曲でも弾けるようになって録音しておけばよかった……。
間食
今年に入ってから間食が増えた。なんかずっとお腹が減っている感覚があって、仕事終わりに駅のスーパーでスナックを買って夕飯前に食べる日々……。良くないです。今のところ健康診断では引っかかっていない(脂質はBだが)けれど、たぶんもうそんなことやってていい年齢じゃなくなってきている。普通にご飯でバランスを取るべきだとは思うのだが、食事時点ではお腹が満たされてもすぐに減ってしまうみたいなところはあって、どうすれば良いかなあ。たぶん運動不足とか睡眠の不安定さとかもあるので、トータルで健康管理しなければダメでしょうな。
読書
冒頭に書いた通り一日10ページしか読めないので、借りてきた本も最後まで読めなかったりする。最近だと『フラナリー・オコナー全短編』(横山貞子 訳)が半分ぐらいでタイムアップ。『文學界』の連載で藤野可織さんが言及されたのがずっと頭に残っていてついに手にとったのだが、思っていたよりヘビーでダメだった。初っ端の「善人はなかなかいない」からしてもうだいぶモヤっとする。あとどの話もキリスト教価値観前提なので(原罪とか)、なかなかとっつきにくい。
それで今は多和田葉子『雪の練習生』と塔島ひろみ『レシートの旅1』を読んでいるのだけれど、前者も割と癖のある作品で(舞台がソ連とか東ドイツとかで、登場人物がクマだったり人間だったりオットセイだったりで)、これも少しずつしか進まない。後者は「拾ったレシートの店へ行き同じものを買う旅をする」という面白系ネット記事みたいな企画の本だが、1980年代から続く歴史あるミニコミ『車掌』の別冊である。中野のタコシェで買った。130ページで400円という激安価格にびっくりするが、紙がだいぶん薄くてしなっとしている。でも文章メインの本だったらこれぐらいで全然いいと思うな。印刷は「現代社」と書かれていてどうやら新宿の印刷屋さんらしいのだが、新宿なのにネット上に情報が一切なくてそれもびっくり。完全にローカルの仕事で回ってるところなんだろうな。
SSD値段上がりすぎ問題
値段見ててびっくりした。1TBのSSDが二年ぐらい前に買ったときの倍以上になっている。こんなことなら早いうちに4TBぐらいの買っておけばよかった。
その最大の原因はAI開発戦争で高品質な半導体メモリが品薄なんだとか。大してAIの恩恵を受けてる気がしない自分としては、う〜ん……。
これだけメモリ不足で〜ってなってるんだからどうせそのうちAmazonPhotosとかも無制限アップロードが終了するか、有料化するかしそうな気がするので、できれば早いうちにバックアップをしっかりしておきたいんだけれどなぁ〜。あと二年ぐらいは無理?
浪費アディクション
年始に馬鹿でかい買い物(iPhone)をしてしまったので、今年はもうお金を使わんぞ……! と思っていたけど、なんだかんだでブックオフやメルカリでちまちま本を買ったり、今はまた楽器とかが欲しくなったりしている。車検もあるし、夏頃に友人と旅行に行きそうだし、それでまたパソコン買うなんてなったら、今年の収入全部消えてしまうのでは…?
積立とか投資とかもっと賢い使い方すべきなのでは、いやその前にまずは最低限生き延びられるだけの環境を構築すべきなのでは、とかそういうことを考えようとするとすぐ頭の中がごちゃついてきて、余計に浪費へ走ってしまうみたいな悪循環がある。
ちなみになぜ本や楽器を買うことが浪費なのかというと、買って満足してしまうから。
イデオロギー
政治の季節。衆院選を目前に、SNSでは揚げ足取りと政治家のいい人エピソードが飛び交って混沌としている。ショート動画を駆使した選挙活動とかもそうだけど、結局政策よりも印象重視みたいになって行くのは衆愚政治まっしぐらじゃなあと思う。でもじゃあ自分は印象で選んでいないかというと、そんなわけでもなく。読書とか書店とかそういう界隈は全体的にリベラルなので、それに流されてそっちの方にいるという部分が大きい気がする。
十年ぐらい前の学生時代には思いっきり保守的な人が周りに多くいて、自虐史観に対する警鐘みたいなことをたくさん言っていた。解放戦争論だとか、抑止力だとか、そういうもんなのかなぁとぼんやりと聞いていたが、なんとまあ今と正反対の環境にいたことか。
そうやって両側の意見をどっちも聞いていると、だんだん何が正しくてどこがおかしいのかが分からなくなってくるような気もしてしまう。武装することが抑止になるのか、はたまた刺激してエスカレートしてしまうのか。その本当のところはもう全てが終わった後にしか分からないのではないか、とも思う。しかし選ばなければならないのはいま現在なので、やっぱりいま大事にしたい人たちのいる場所に近い方、を選ぶのかな。
正直、世界とか国とか地域とか、もっと狭くて近所とか側にいる誰かとか、自分ではない誰かのことを考えるには、けっこう余裕がいる。自分のことで手一杯だったら、他人のことなんて構ってられない。今はなんか、みんな余裕がない時代なんじゃないかなと思う。愚かなんじゃなくて、一杯一杯なんだと。だからまずはそういう社会にしていかなかきゃダメだと思うんだけど、そのためにはそういう政治を選ばなければならず……という無限ループ。どうすりゃいいんだ。
悪いムーヴ
界隈が大きくなるにつれて「あの頃はよかったのに」「変わってしまった」とか言いがちな、悪いオタクムーヴみたいなのがあるけれど、自分も最近ZINEとかイベントに対してそう思ってしまうところがあり、良くないよなぁと思う。それってたぶん居心地のいい場所が変わっていくことへの不安なのだろうが、居場所が少なくて一つ一つへの依存度が高いほどそうなってしまう気もして、こういう寂しさとか不安を健全に消化できるようになりたいなと切に思う。
Appleがついに
Adobeに対抗してきた。
DAWのLogicと動画編集のFinal Cutは今までもあったけれど、そこに画像編集のPixelmatorとかモーショングラフィックスのMotionとかも加えてセットになったサブスク、Apple Creator Studioが開始。完全にAdobeのCreative Cloudに対抗するアプリ群だ。まぁ、画像編集とか絶妙に痒いところに手が届かなさそうな雰囲気がしてしまうものの、総本山のAdobeはもはや年間十万とかいうヤバい価格になっちゃってるので、2万弱でこれだけ揃うのは大変ありがたいのではなかろうか。そもそもそれ以前にMacが高くはあるが。なんにせよAdobe一強時代が終わってくれないことには価格競争が起こり得ないので、ここは頑張ってほしい。でもAppleはAIが遅れてるしな〜〜〜。クリエーターツールもAI前提になっていく以上、この出遅れで対抗馬たりえるか。そこが問題。
しかしLogicとFinal Cutがついにサブスク入りということで、今後買切り版の扱いがどうなって行くかが気になるところ。どこかでサポート終了……というのもあり得るというか、なるよな絶対…。
新たな娯楽
この頃BOOK OFFへ行くと、CDの棚もじっくり眺めるようになった。見るのは300〜500円ぐらいの、クラシックのコーナー。なんか先月ぐらいに自分の中でちっちゃなクラシックブームが来て、ラフマニノフとかをヘビロテしている時間があった。
クラシックCDのいいところは、まず安い。いわゆる往年の名演的なものは何度もCD化されていたり流通量が多いので入手しやすい。若い人は(たぶん)クラシックもCDもあまり聞かないので、競争率が低い。そうやってちまちま手に入れたCDを、未だCDプレーヤー現役の車中や“部室”で聴いている。
そうやってCDを聞いていると、やっぱりクラシックとサブスクってあんまり相性が良くないな、と思う。これは印象でしかないけれど、サブスクの軽さより、CDの物理的な存在感がクラシックに向いている(それでいうとLPがより良いのだろうが)。そして、CDで聴いていると基本的に一曲ずつ順に聴いていくことになるが、これもクラシック音楽の構成に合っている。もちろんサブスクでもちゃんと頭から聴けばいいのだが、ついつい途中で飛ばしたり別の曲に行きたくなってしまう。そういう余計な思考を挟まずに聴ける。そしてこれは自分の環境の問題だが、CDプレーヤーは終わったらまた最初に戻る。そうやって何度も何度も聴くことになる。クラシックは特に、この繰り返しの中で徐々に耳を慣らして行く過程が必要なのではないか、と思う。