別に書くほどじゃないけど…

ツイート以上、フリペ未満の雑文帖

リハビリ日記(3/1〜3/8)

文章を書いてなさすぎて余計に書けなくなってきたので、リハビリ的に書く。

 

3/1

 

3回目ぐらいのスヌーズに起こされる。今日は演劇のチケットを買いに行こうと思っていたのだった。

調べるとカウンターが開くのが10時からだったので、ランドリーに寄ってシーツ類を洗濯し、図書館で時間を潰す。『芥川賞候補作を〜』を先日読んで、今回の選評も気になっていたので『文藝春秋』の最新号を手に取る。あー、なるほどこんな感じね。思ったよりバシバシ厳しいというわけではなく、割とアドバイス的な感じで書かれていた。山田詠美さんの電線ぶっちぎって熱帯行ったことあるんかみたいなツッコミは笑った。過剰なレトリックには厳しい。

 


チケットカウンターが工事中なので、いつもと違う入り口から入ってエレベーターに乗って降りたら目の前にカウンターがあってびっくりした。本当にこの窓口だけのために設けられた入り口だった。フロア案内に理事長室とか書いてあるし。たぶん二度と来ない空間だろうなぁ。

 


洗濯物を回収して帰り、午後はひたすらお掃除に費やした。日頃サボるのと物が多すぎるのとで、全体のホコリを払うだけで2時間ぐらいかかる。だから余計にやりたくなくなってサボる……という状態。いいかげん物(=本)を減らせと。

 

 

 

 

 

3/2

 

朝の電車で畠山丑雄『叫び』(新潮社)を読了。現実と空想の間で揺れていた中盤だったが、ラストで急に現実に引き戻された感じ。ここが選評で否定的に言われていたりしたところか。個人的には着地したって感じでちょっと落ち着いたんだけれども。

ここまできたら「貝殻航路」も読んで、受賞&候補作コンプリートしたい。

 

 

叫び

叫び

Amazon

 



 

 


3/3

 

家を出る時にはギリギリ降ってなかった雨が、駅に着く頃にパラパラと当たり始める。行けるか、と思ったがバ先までの区間で普通に濡れた。折り畳み傘を持てよ。

 


帰りの電車は最初から座れるぐらいに空いていてよかった。雨に濡れた原付のエンジンがいつも以上にかかりにくく、もうそろそろダメなんじゃないかという気がしてきた。前にもエンジンやられてるし。

 


ぼっち・ざ・ろっくとコラボしたYAMAHAのギター教本が届き、これでなぜか「ギター」「ベース」「ドラム」をコンプリートしてしまった。我ながら節操がなくて困る。でも一つだけに集中してやるっていうのが本当に無理なんだ……。

 


ただ今回の私的ギターブームは今までの中ではいちばんちゃんとしていて、アンプも買ったしビートルズのBlackbirdもあと一歩で弾けそうなところまで来ている。でもまだバレーコードは全然ダメで、「3月9日」を練習してみようかなと思ったら初っ端からFのアルペジオで普通に挫折した。やっぱちゃんと弾ける状態は誤魔化しじゃなくて、ちゃんと全部の音が鳴らなきゃダメなんだな…。

 

Blackbird (2018 Mix)

Blackbird (2018 Mix)

  • ビートルズ
  • ロック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes




 

3/4


朝からまあまあ風が吹いていて、どんな格好で出かけるかちょっと迷う。日は暖かそうなので、いつも通りパフテックとブロックテックで出る。

街中を巡るスタンプラリーをやろう、というのが先々週ぐらいの読書会帰りに決まって、それを今日実行するのだった。スタンプラリーはGPSを使ってスマホで達成して行くやつで、スポットに近づくと自動でスタンプが押されていく。のだが、GPS精度の問題とかで判定が微妙なところもあり、スポットの周りであっちやこっちやした。

それでもふだん入らない道の奥にまで行ってみたりし、ヘェ〜ここってこうなってるんだ、と脳内マップが少しずつ更新されて楽しかった。日頃バ先と家との往復ばかりで使われない場所細胞が活性化されたと思う。

 


二時ごろに帰って昼食。めぐりながら撮っていた動画や写真を編集するも、あまりの下手っぴさに愕然とする。楽器もそうだがやってないと全然下手になるなぁ。

 

 


3/5


やっぱりまだ冬なのかもしれないなと思う。ふつうに寒い。啓蟄ってこんなもんだっけ?

寒いと余計に寝ていたくなるが起きてバイトへ。通勤読書は『本の雑誌2月号』。特集は本の処分について…。

前に積読を全部アプリ登録して数えた日も遠く、すでにそこから百冊単位で増えてしまっていそうな気がして余計に整理する気持ちが湧いてこないのだが、それでも千冊程度なんていうのは「本の雑誌」に名前が出てくるヤベー人たちとは比べものにもならない。あちらは万単位なのだ。そう考えると自分の積読はまだ一人で整理できるな、と安心してしまって良くはないが。

 

 

 

そういえば土門蘭さんの新刊が出てるなと書店に見に行く。おそらく品出し中のまま放置されていたワゴンに一冊あり、すみませんが…と思いつつパラパラめくる。おお…うん…分からん……。これは今自分が読みたいものなのか、絶妙に分からない。

土門さんの文章は好きだし、新刊のタイトルの元になってるであろう『死ぬまで生きる日記』の冒頭もすごく印象に残っている、が故に期待値が高すぎたのだろうか。

 


昨今、あらゆる文章が公開前提に書かれすぎている。もっと「自分だけのために書く」ということも大切なんじゃないか。そういうことは何度も考えてきたし、実際そういうことが書かれているっぽい。日記がいいんじゃないか、みたいなことが書かれていた気がする。だが、それだけでは何というか、自分の考えてることに対して何か新しい視点を与えてくれないのではないか。

……そんなふうに考えてみて、つまるところ自分は読書に対して何か新しいものを求めてるんだなというのが分かった。もちろんそれはいわゆる気付きとか生産性とかの尺度じゃなくて、単純に自分にないものがいいという話で。小説とかはもう完全に自分の思考の埒外にあるので問答無用に良いのかもしれない。

 


そして結局この後もう一度書店へ行って十分ぐらい悩んでいたのだけれど、今日は買わなかった。そもそも文章術系の本何冊積んでるんだって話だし。それにこのテーマだったらハウツーじゃなくて、エッセイ寄りにした方が「ほんとう」なのではないか、という気もしてきた。そこをあえてハウツーで出すというのは、今をときめく作家にハウツー本を書かせたいという版元の思惑が透けて見えちゃって(いやマジで最近多いよね、作家の文章本、書店言及本…)、そこに乗せられるのはなんか悔しい。

 


そして何よりも、文章は書いてなんぼなのだ。文章術の本を読んで「ほーん…」って終わってたら何の意味もない。

 

 

 





3/6


2度ほど暖かくなると言っているが、正直まだ寒い。

朝の電車では躓いてからずっと進んでいない『文學界2025年11月号』を読む。もう通読していくのは無理だから、小説と読みたい連載だけ追っていく。

AIの特集は終わって杉本裕孝「刻印」。銀座の有名宝石店に勤める「わたし」はストレスで笑うことができなくなり、店頭の接客担当を外される。そんな「わたし」は後輩に頼まれ、とあるYouTuberがオーダーした指輪の物騒な刻印を断りにゆく。自身がネットに晒されるのではないかと恐れながらYouTuberのマンションを訪ねるが、クーリングオフを突きつけられ追い返される。

 


そんな冒頭からは中年お仕事小説的な展開を予想するが、読み進めるとそういうわけでもなさそうな。Instagramをきっかけに知り合った「シャトンさん」との交流を通して…という展開になっていくのかも謎。まだ読めないなぁ。

 

 


3/8


9時間ぐらい寝てしまった。朝の5時ぐらいまでアニメを見ていて、そこから14時まで。何度か目覚めたものの、そこから活動する気力がなくてずるずると。

そこからまたぼーっとして、16時過ぎに図書館へ本を返しに行き、ついでにたまたまセールだったスーパーでお菓子を買って帰る。

 

 

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最近の諸々

調子

読めないし書けない。なんかそういう時期なのかもしれないなぁと思う。読む方は全くというわけではないんだけれど、何ヶ月か前の週に2冊とかいうペースは今は到底無理。頑張って10ページ/日。電車の中以外で読むことができない。
楽器を何日か触らなかったら腕がなまるみたいな感じで、読まないから余計に読めなくなるし、書かないから書けなくなるというところはあると思う。でもなんか、そこを頑張って……というテンションにもならないんだよな。そもそもできるなら一日中寝ていたい人間だし。バイト行けてるだけマシ。

じゃあどうやったらそういう機運になってくるのかという話だけれど、自分は単純だから、誰かから求められたらやるんだと思う。書いてほしいとか作ってほしいとか。むしろモチベーションの置き場所がそこにしかない。調子がいいときは勝手に求められてると思い込んで色々できるけれど(後になって別に求められてなかったと気付いて落ち込むのはそれはそれで嫌だけど)、そうでないときは、こんなふうになってしまう。いい加減その他人にモチベーションを委ねるのをやめたいとは思うが、すぐに自他境界がゆるゆるになってしまう自分には、まだ難しいのかもしれない。


楽器

楽器のこと、全然知ってないじゃん……と思うことがいくつかあった。まずはベースに「ジャズベジャズベース)」と「プレベ(プレシジョンベース)」がある、というのを割と最近知った。なんかピックアップ(弦の音を拾うやつ)の配置とか数とかが違って、その結果としてそれぞれに個性的なサウンドがあるらしい。よくよく考えたら今までもDTM音源とか触ってて「PreBass」とか見たことがあったかもしれないけれど、完全に思い込みで「Percussion」の略だと思っていた。いやパーカッションベースってなんやねん、と音楽やってる人なら分かるのだろうが、無知無知なのでそういうもんかと思っていた。たぶんパーカスオルガン(アタック強めのオルガン音)と混同してたやつ。

ちなみにいま調べてたら更に「ハムバッカー」と「PJ」というタイプもあるらしい(さらに「プリアンプ」の内蔵の有無でアクティブとパッシブがあり、前者はアンプに繋いでいても本体に電池を入れないと音が出ない!)。楽器始めるとき、ここまで色々知らなきゃいけないって大変だなぁ。自分は絶対何も知らずにスタジオ行ってアンプに繋いで音が出ない〜〜!!(アクティブ) ってなるタイプ。

www.shimamura.co.jp


もうひとつはエレピについて。エレピ好きすぎて単体で「エレピが好きな曲」の記事を書こうかな〜と思っていて、「ローズ(Rhodes)」「ウーリー(Wurlitzer)」「DX7」「CP88」といった代表的な楽器それぞれで項目立てするイメージを膨らませていたのだが、ちょっと調べてみると「エレクトリックピアノ」と「エレクトロニックピアノ」があるという全く知らない情報に突き当たって出鼻をくじかれてしまった。要はなんらかの方法で物理的に出した音をアンプで拾うのが前者で、完全に機械的に音を発音するものが後者ということらしいが、Wikiのページに(エレクトロニックピアノは)「ウーリッツァーピアノの製品種目のために使われた商標でもあった」みたいなことが書いてあってめちゃくちゃ混乱した。そういう経緯はありつつも、ウーリーは前述の分類上では「エレクトリックピアノ」となる。

ちなみに「エレクトロニック」の方の代表的なものは「RMIエレクトピアノ」などがあって、これは私が2週間に一度は脳内再生してしまうイエスの1972年ライブのリック・ウェイクマンソロで聴くやつだ…!

youtu.be

この音色を聞いていると、母の実家にあった古いエレクトーン(YamahaのD-40あたりだと思う)の音を思い出す。当時の技術的に、機械的にピアノを再現しようとしたらこういう音色になるんかな。ちなみにそのエレクトーンは最近処分されてしまった。せめて捨てられる前に一曲でも弾けるようになって録音しておけばよかった……。


間食

今年に入ってから間食が増えた。なんかずっとお腹が減っている感覚があって、仕事終わりに駅のスーパーでスナックを買って夕飯前に食べる日々……。良くないです。今のところ健康診断では引っかかっていない(脂質はBだが)けれど、たぶんもうそんなことやってていい年齢じゃなくなってきている。普通にご飯でバランスを取るべきだとは思うのだが、食事時点ではお腹が満たされてもすぐに減ってしまうみたいなところはあって、どうすれば良いかなあ。たぶん運動不足とか睡眠の不安定さとかもあるので、トータルで健康管理しなければダメでしょうな。


読書

冒頭に書いた通り一日10ページしか読めないので、借りてきた本も最後まで読めなかったりする。最近だと『フラナリー・オコナー全短編』(横山貞子 訳)が半分ぐらいでタイムアップ。『文學界』の連載で藤野可織さんが言及されたのがずっと頭に残っていてついに手にとったのだが、思っていたよりヘビーでダメだった。初っ端の「善人はなかなかいない」からしてもうだいぶモヤっとする。あとどの話もキリスト教価値観前提なので(原罪とか)、なかなかとっつきにくい。

それで今は多和田葉子『雪の練習生』と塔島ひろみ『レシートの旅1』を読んでいるのだけれど、前者も割と癖のある作品で(舞台がソ連とか東ドイツとかで、登場人物がクマだったり人間だったりオットセイだったりで)、これも少しずつしか進まない。後者は「拾ったレシートの店へ行き同じものを買う旅をする」という面白系ネット記事みたいな企画の本だが、1980年代から続く歴史あるミニコミ『車掌』の別冊である。中野のタコシェで買った。130ページで400円という激安価格にびっくりするが、紙がだいぶん薄くてしなっとしている。でも文章メインの本だったらこれぐらいで全然いいと思うな。印刷は「現代社」と書かれていてどうやら新宿の印刷屋さんらしいのだが、新宿なのにネット上に情報が一切なくてそれもびっくり。完全にローカルの仕事で回ってるところなんだろうな。


SSD値段上がりすぎ問題

値段見ててびっくりした。1TBのSSDが二年ぐらい前に買ったときの倍以上になっている。こんなことなら早いうちに4TBぐらいの買っておけばよかった。
その最大の原因はAI開発戦争で高品質な半導体メモリが品薄なんだとか。大してAIの恩恵を受けてる気がしない自分としては、う〜ん……。
これだけメモリ不足で〜ってなってるんだからどうせそのうちAmazonPhotosとかも無制限アップロードが終了するか、有料化するかしそうな気がするので、できれば早いうちにバックアップをしっかりしておきたいんだけれどなぁ〜。あと二年ぐらいは無理?


浪費アディクション

年始に馬鹿でかい買い物(iPhone)をしてしまったので、今年はもうお金を使わんぞ……! と思っていたけど、なんだかんだでブックオフやメルカリでちまちま本を買ったり、今はまた楽器とかが欲しくなったりしている。車検もあるし、夏頃に友人と旅行に行きそうだし、それでまたパソコン買うなんてなったら、今年の収入全部消えてしまうのでは…? 
積立とか投資とかもっと賢い使い方すべきなのでは、いやその前にまずは最低限生き延びられるだけの環境を構築すべきなのでは、とかそういうことを考えようとするとすぐ頭の中がごちゃついてきて、余計に浪費へ走ってしまうみたいな悪循環がある。

ちなみになぜ本や楽器を買うことが浪費なのかというと、買って満足してしまうから。


イデオロギー

政治の季節。衆院選を目前に、SNSでは揚げ足取りと政治家のいい人エピソードが飛び交って混沌としている。ショート動画を駆使した選挙活動とかもそうだけど、結局政策よりも印象重視みたいになって行くのは衆愚政治まっしぐらじゃなあと思う。でもじゃあ自分は印象で選んでいないかというと、そんなわけでもなく。読書とか書店とかそういう界隈は全体的にリベラルなので、それに流されてそっちの方にいるという部分が大きい気がする。
十年ぐらい前の学生時代には思いっきり保守的な人が周りに多くいて、自虐史観に対する警鐘みたいなことをたくさん言っていた。解放戦争論だとか、抑止力だとか、そういうもんなのかなぁとぼんやりと聞いていたが、なんとまあ今と正反対の環境にいたことか。
そうやって両側の意見をどっちも聞いていると、だんだん何が正しくてどこがおかしいのかが分からなくなってくるような気もしてしまう。武装することが抑止になるのか、はたまた刺激してエスカレートしてしまうのか。その本当のところはもう全てが終わった後にしか分からないのではないか、とも思う。しかし選ばなければならないのはいま現在なので、やっぱりいま大事にしたい人たちのいる場所に近い方、を選ぶのかな。

正直、世界とか国とか地域とか、もっと狭くて近所とか側にいる誰かとか、自分ではない誰かのことを考えるには、けっこう余裕がいる。自分のことで手一杯だったら、他人のことなんて構ってられない。今はなんか、みんな余裕がない時代なんじゃないかなと思う。愚かなんじゃなくて、一杯一杯なんだと。だからまずはそういう社会にしていかなかきゃダメだと思うんだけど、そのためにはそういう政治を選ばなければならず……という無限ループ。どうすりゃいいんだ。


悪いムーヴ

界隈が大きくなるにつれて「あの頃はよかったのに」「変わってしまった」とか言いがちな、悪いオタクムーヴみたいなのがあるけれど、自分も最近ZINEとかイベントに対してそう思ってしまうところがあり、良くないよなぁと思う。それってたぶん居心地のいい場所が変わっていくことへの不安なのだろうが、居場所が少なくて一つ一つへの依存度が高いほどそうなってしまう気もして、こういう寂しさとか不安を健全に消化できるようになりたいなと切に思う。


Appleがついに

Adobeに対抗してきた。

www.apple.com

DAWのLogicと動画編集のFinal Cutは今までもあったけれど、そこに画像編集のPixelmatorとかモーショングラフィックスのMotionとかも加えてセットになったサブスク、Apple Creator Studioが開始。完全にAdobeCreative Cloudに対抗するアプリ群だ。まぁ、画像編集とか絶妙に痒いところに手が届かなさそうな雰囲気がしてしまうものの、総本山のAdobeはもはや年間十万とかいうヤバい価格になっちゃってるので、2万弱でこれだけ揃うのは大変ありがたいのではなかろうか。そもそもそれ以前にMacが高くはあるが。なんにせよAdobe一強時代が終わってくれないことには価格競争が起こり得ないので、ここは頑張ってほしい。でもAppleはAIが遅れてるしな〜〜〜。クリエーターツールもAI前提になっていく以上、この出遅れで対抗馬たりえるか。そこが問題。

しかしLogicとFinal Cutがついにサブスク入りということで、今後買切り版の扱いがどうなって行くかが気になるところ。どこかでサポート終了……というのもあり得るというか、なるよな絶対…。

新たな娯楽

この頃BOOK OFFへ行くと、CDの棚もじっくり眺めるようになった。見るのは300〜500円ぐらいの、クラシックのコーナー。なんか先月ぐらいに自分の中でちっちゃなクラシックブームが来て、ラフマニノフとかをヘビロテしている時間があった。
クラシックCDのいいところは、まず安い。いわゆる往年の名演的なものは何度もCD化されていたり流通量が多いので入手しやすい。若い人は(たぶん)クラシックもCDもあまり聞かないので、競争率が低い。そうやってちまちま手に入れたCDを、未だCDプレーヤー現役の車中や“部室”で聴いている。

そうやってCDを聞いていると、やっぱりクラシックとサブスクってあんまり相性が良くないな、と思う。これは印象でしかないけれど、サブスクの軽さより、CDの物理的な存在感がクラシックに向いている(それでいうとLPがより良いのだろうが)。そして、CDで聴いていると基本的に一曲ずつ順に聴いていくことになるが、これもクラシック音楽の構成に合っている。もちろんサブスクでもちゃんと頭から聴けばいいのだが、ついつい途中で飛ばしたり別の曲に行きたくなってしまう。そういう余計な思考を挟まずに聴ける。そしてこれは自分の環境の問題だが、CDプレーヤーは終わったらまた最初に戻る。そうやって何度も何度も聴くことになる。クラシックは特に、この繰り返しの中で徐々に耳を慣らして行く過程が必要なのではないか、と思う。

2025年に読めなかった本の話

気付いたらもう2025年も終わってしまうのだけど、なぜか今年に限っては過去最高に実感が持てないでいる。ここ数日あんまり寒くなかったからなのか、あるいはテレビとか見てなかったからなのか。

先日とある会(フランスお土産のバターを食べてみるパーティー)に参加したときに、なぜか一人ずつ「今年の漢字」を言っていく流れになって、振り返りつつ考えていた。結局自分の番が回ってくる前に有耶無耶になっちゃって発表することはなかったんだけれど、考えて出てきたのがこちら。

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251217鑑賞記

So This is X'mas〜

ということで、申し訳程度のクリスマス要素であるキャンベル・ツリーをご覧いただいたところで……ジョン・レノンからのビートルズ繋がりで「POP ART: THE FAB 4! (ポップアート:時代を変えた4人)」展の感想を。
ネットで見つかったものはリンクを貼りました。

ポップアート未来派やシュルレアリズムのような宣言なしで、イギリスおよびアメリカでそれぞれ誕生した」
(展示解説より)

むしろ宣言ある方が少ないのでは? などと思ったが、近代芸術はそういうものなのだろうか。

その複数性や手の跡を感じさせないクールな表現は、卑近な日常イメージの使用とも相まって、当時アメリカ美術として世界を席巻した抽象表現主義の崇高さやオリジナリティ、高尚さに代わるものとして迎えられた。

プログレに対するパンクみたいな感じだろうか。

www.moma.org

  • アンディーウォーホル作貯金箱(略)“豚の写真”みたいにキレイだろ?

Pretty as a pigture, huh?
というのが良い。
これは豚の写真を塗ってる?

www.moma.org

作品のど真ん中に詩を入れるというスタイル。
読ませる作品が多いな

www.metmuseum.org

そのままのコピーかと思いきや、単純化されてたり色変わってたりと記号化されてるんだな。
隣に元ネタのスタースパングルド・ウォー・ストーリーズ#102も並べてくれてるのがありがたい。

www.nga.gov


第二章はベトナム戦争へのアンチテーゼ。“Make Love(&Music), not War”

ベースのネックとサックスを吹くタキシードの人物がかなり洗練されたデザインで配置されている。
上部のタイポもオシャレ。Sの置き方が天才すぎる

www.moma.org

単純なコラージュじゃなくて、スクリーンプリントによる網点とか単色カラー印刷の対比が独特なインパクトを出してる。
斜めの作品、壁に留めるのが大変そう(クロスに打ち込んである?)

https://walkerart.org/collections/artworks/aspen-easter-jazzwalkerart.org

バイオリンの後ろにあるやべー観覧車みたいなのが気になるけど…
コラージュのグリッドの雑さというか、いい感じにラフな配置は絶妙。デジタルでやるとなかなか出せない感じ。

www.metmuseum.org

  • アンディウォーホル「9枚のレコード」

右下のラッツアンドスターがこの中にあるのが不思議すぎる

線画が絶妙に誰がだれかわかりにくい
たぶんジョージ、ポール、ジョン、リンゴだけど
60年台のビートルズ全盛期にはウォーホルは彼らのモチーフを用いなかったらしい。このパネルの文言だとなんか含みを感じてしまうが

一世を風靡した20代前半の若者4人の目覚ましい成功は、まだ人気に火のつく前のウォーの目にはどのように映っていたのだろうか。

https://www.nationalgalleries.org/art-and-artists/93255www.nationalgalleries.org

やっぱこの写真に少しずらして線画重ねるみたいなのがかっこいいよな。今でもグリッチ的な感じでよく使われるだろう

塗り分けの仕方が独特。LとVの間の空間がさかさまのスペードみたい
Eの右側とかも普通のタイポだとここまで下がってこないし、余白のデザインをかなり意識しているだろう。

www.moma.org


3章はポップアートとファッション。
資本的な記号を用いたアンチテーゼがまた資本に回収されているみたいな皮肉がありそう。

  • ウォーホル「ザ・スーパー・ドレス」

もちろん「Souper」である。昨今の百均でよくある食品パッケージコラボデザインの先駆けとも言えるか…?

www.metmuseum.org


4章からは四人それぞれを個別にみていく構成。まずはリキテンスタイン

「船上の少女」の解説で「ベンデイ・ドット」という語句が初めて出てきたが、網掛けドットのこと?

  • 「スイート・ドリームス、ベイビー!」

完全に「当て身」。トートの柄とかにしたら人気そう。

www.moma.org

  • 「火ぶたを切りながら」

右にある元ネタの「オール・アメリカン・メン・オブ・ウォー#90」からコマの並びが変わっている。おそらく戦闘機の銃撃がだんだんクローズアップされてる場面だが、リキテンスタインは最もクローズアップされた銃口を中央に持ってきている。流れが切断されて、不思議な対称性が生まれてくる。鑑賞に耐えるものになっているかも。

www.lichtensteincatalogue.org

  • 「筆触」

ジャクソンポロックのオマージュかどうかは分からんけど、この線のスタイルで筆のストロークを再現するのはすごい。絶妙。
本来はコントロール不可なものが完全にデザインされて存在しているのが面白い。

www.tate.org.uk

  • そこから隣の「種をまく人」に行くと今度はデザインされたストロークと手作業の荒々しいストロークが共存していて、うおお、という感じ。

www.moma.org

シルバーな紙にスクリーン印刷するの良すぎ

www.lichtensteincatalogue.org

  • 「牛 Ⅰ〜Ⅲ」

ピカソのオマージュ。Ⅲはもう完全にモンドリアン
ただ元々牛の模様と空の図案が似てるのが若干ずるい

www.lichtensteincatalogue.org

  • 「ヌード」

ここにきてドットがグラデーションに。

archive.artic.edu


第5章、ついにウォーホル。

  • 「花」の説明

写真製版をもとにしたシルクスクリーンは、つくり手の手の跡を残さず制作できる版画技法だが、実際にはインクのシミや版の擦れなど微妙な差異を生み、細部までまったく同一のものを制作することはできない。だが、素早く大量に制作できるその技法は、「機械になりたい」と語ったウォーホルにとってふさわしいものだった

今生きていたら最新技術をバリバリ使ったのだろうなあ。

en.wikipedia.org

  • 「マリリン」

今回は縦二列、五枚ずつの10展が展示されている。シンプルに見えるがよく見ると5色で塗り分けられている。
上段真ん中のパールブルーに山吹色の髪、紫の顔のやつがなんとなく一番記憶にある気がする。
下段右から二枚目のモノクロのやつとか、左端のシルバーにくすみトーンの中唇だけショッキングピンクなやつも良い。

マリリン・モンロー本人の生涯や、説明にあるマリリンの「最期」を知らない自分から見ると、あくまでデザイン的な実験というのを前面に感じる。美のイメージの記号化なんだなというのは分かるが(色分けされているのが「髪」「顔面」「アイライン」「唇」そしてマリリンのシンボル「ホクロ」…というのがつまり人の美的判断のポイントだろうか。ネガ的に反転したような色彩のものは「裏の顔」とも読める)、それをマリリン本人と結びつけた鑑賞というのは世代以降の人間にとっては難しいだろう。

www.moma.org


6章はラウシェンバーグ

  • 「ダンテ『地獄篇』のためのドローイング」。ダンテ読んでないから何を表現してるのかは読み解けないが、ソルヴェント・トランスファー(溶液で印刷物を転写する)という技法を初めてみた。かなりぼんやりとしたコピーになっていて、一見すると色鉛筆の塗りにも見える。

www.rauschenbergfoundation.org

  • 「シカゴ美術館」

ラウシェンバーグという人はかなり大胆なんだなと思う。
ユニフォーム(?)、オレンジ、何らかの風景などがザクザクっと切り貼りされ、その上に荒々しく「ART INSTITUTE CHICAGO RAUSCHENBERG DEC.3 1997 JAN 15」。
ユニフォームによるコラージュの形は手のひらか花のようにも見える。

www.metmuseum.org

  • 「アーツ・フォーACT」「自由の女神」「ワン・ライオナー」という作品なども、やはり重ね方のかっこよさが際立っている。雑多なんだけど、画面に無駄がない。手書きサイン含めて作品だな。

www.metmuseum.org
https://www.artsy.net/artwork/robert-rauschenberg-one-lioner-9www.artsy.net


第7章はジャスパー・ジョーンズ

つまり、世界のあらゆるものが標的になる資格をもつ。絵画が標的になったのか、標的が絵画になったのか、そのどちらでもあるとすへば、これは標的なのか絵画なのか、という問いに逆戻りする。

つまりどゆこと…?

  • 「技術と創造力」は額の中に二つのものが入っている。左側には鉛筆の線画でターゲットが描かれ、その下には「TARGET 1970」「_ AND _」の印字。さらにその下には実物の赤、黄、青の絵の具と絵筆が置かれている。一方右半分には黄ばんだスポンジがあり、下の方にうっすらと三色の絵の具の跡が写っている。

おそらくこれはパッケージされたセットということで、スポンジは元々左側の上に被さっていたのだろう。
要は「塗ってくださいね」ということだ。署名の左側にはジャスパーがサインしているが、右側は空白である。ここに塗り手の名前が書かれて完成する作品なのかもしれない。

www.natsume-books.com

  • 「デバイス」はかなり抽象的な作品。ムラのある黒で塗られた画面の上半分には白い半円が二つ。下半分は何もないがよく見るとDEVICEというレタリングが施されている。

半円の中には回転方向のような矢印と、何らかの文字が書かれている。wimp nutというのはかろうじて読める。
棒状の何かが円の上を回転している…?
ぱっと見ではテープレコーダーのようにも見える。

www.moma.org

  • 「無題」は2013年作のかなり新しい作品。

にじみを利用した描写が内蔵のようでややグロテスク。上部には0〜9までの数字、画面下半分には28のハンドサインが並んでいる。最初アルファベットかと思ったが多いしな。よく見ると同じパターンもあるので、文字列が表されている可能性はあるか。
そしてよく見ると数字の下のウニャウニャの部分はぼんやりとアメリカ大陸の形をしている気がする。

www.josephklevenefineartltd.com


8〜11章は「FAB4」と同時代的な4人、ロバート・インディアナジェームズ・ローゼンクイスト、トム・ウェッセルマン、ジム・ダインを紹介している。

  • ジム・ダイン「ドリアングレイの肖像」。ワイルド読んでないのでここの場面の意味は分からないんだけど、「ホース・ランプ」が絶妙に可愛らしくて好き。
  • それと対照的に「ピノキオ」(2008)はだいぶホラー。

www.nga.gov

最後の最後にエキーボ・アブリルによる「FAB4」のWith The Beatlesパロディ絵画が飾られててよかった。


総括

ポップ・アートというと、美術の時間に読んでた図録の最後の方に載っていて、なんじゃこれと思っていた記憶がぼんやりある。もちろんなんじゃこれ具合ではシュルレアリスムの方が上なんだけれど、その頃はシュールなギャグとかにハマっていて、むしろシュルレアリスムの方が好きだったような気がする。
ポップ・アートはあくまで、なんか商品とかを描いてるコマーシャル的なもの……みたいな理解だった。(実際にはアンチ消費主義であるのだが)

今回の展示は巨匠四人みたいな感じだったけれど、ウォーホルとリキテンスタインは見たことある一方で、ラウシェンバーグジャスパー・ジョーンズは全く知らない画家だった。もしかしたらどこかで見たことはあったのかもしれないが、でもまとまってみたのは絶対に初めてで、こうやって作家ごとにフォーカスしてくれるのはありがたいなと思った。

自分の中でも十数年前とは色々感性が変わっているようで、今回はラウシェンバーグのラフなかっこよさがめちゃくちゃ刺さった。これは本当に知れて良かったなぁと思う。

251206鑑賞記(映画『ジュンについて』と矢野顕子「さとがえるコンサート」2025)

岐阜は可児市で上映された『ジュンについて』を観に行く。夏葉社・島田潤一郎さんのドキュメンタリー。撮影が2021年ごろからで、自分が夏葉社を知ったのもその頃だったなぁと思った。参加した2022年のトークショーでもカメラが回っていたようで、知り合いがちょくちょく映ってて面白かった。(自分は最前列で聞いてたので写ってなかった)

9minpic.com

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