別に書くほどじゃないけど…

ツイート以上、フリペ未満の雑文帖

240201雑感

コーヒー、固辞しとけばよかった……。
朝一番にそんなことを思う。私はカフェインを取ると明確に眠れなくなるのだが、昨晩(一応断ったはずの)コーヒーを出してもらって、飲まないのも失礼だったから飲んだのだけれど、結果なかなか寝付けず。too badなまま朝を迎えてしまったのである。私がカフェインを摂取していいのは、超眠たいのに仕事をしなければいけない辛い朝だけで、つまり今日みたいな日なのである。追いカフェインで無理やり覚醒して仕事に臨んだが、たびたび転けそうになったり水をこぼしたりしていた。

さて、2月である。2月になったということはアレである。文學界の発売まであと5日しかない!!! まだ半分ぐらいしか読んでない。お尻に火がついている。なーんで毎度こないなってん。そんな焦りを抱きつつ、電車の中では『百年文庫9 夜』を読む。カポーティ吉行淳之介・アンダスンの三作を収録。
まず生誕百年を迎えるらしいカポーティの『夜の樹』。文庫交換会で頂いたまま積読にしていて、結局百年文庫で先に読むということになってしまったのだが、中編かと思ってたら短編だった。アメリカの田舎を走る汚い列車に乗る女性と乗客の話。読んでいると映画的な映像が脳裏に浮かぶ。
「夜の木」とは主人公が幼少期に聞かされた物語に出てくるお化けや魔法使いといった恐ろしいものの象徴的なイメージで、同席になった薄気味悪い乗客にそのイメージが重なってゆく。「実はいい人で」となるのかと思ったら全然そんなことはなかった。
 『曲がった背中』もまたなんとも言えない悲しい話だった。ヘミングウェイの「殺人者」に出てくるような背中が印象的な男がかつてとった行動のため自責に駆られる。なぜかつての男はそこまでして恋を隠し通そうとしたのか。その感覚が自分にはよくわからない。
 『悲しいホルン吹きたち』はもうタイトルから悲しいのだけれど、社会の中で独り立ちして生きてゆく孤独を描く作品だった。主人公ウィルは大人になることに憧れていた少年だったが、度重なる不運で急に社会に放り出されて不安や葛藤を抱く。

「おそらくあらゆる生活がそういうものなのであろう、広漠とした空虚なもの」

「おそらくあらゆる生活がそういったものにすぎないのであろう——ただの月日の行列」

そんなふうに社会を分かろうとするのだが、最終的に肩の力が抜け、寂しさが薄れていく……という話だ。なんか覚えがあるなと思ったが、エヴァにおけるシンジくんの葛藤にもちょっと似ているのだった。
作中には数人「大人になれないままの人間」が登場するが、自分なんかまさにそういう人間なので読んでて刺さった。男だから大人になるべきだとか二十歳を超えたから大人になるべきだとかいうのは嫌だけれども、大人になることを拒否して子どもにしがみついているのも、随分孤独なものなのだ。
 と同時にこの物語は「大人とは何ぞや」という問いも投げかけていて、工場のレーンの一部と化して金属片に穴を空け続けることが果たして大人なのか? と言われると微妙だよね。大人になりたいけれど、大人が何かわからない。

という感じで、『夜』はじんわりと切なくて孤独な話の特集なのでした。